「また来たくなる外来」の解題:難しいことは抽象的に書いてある




「また来たくなる外来(金原出版)」

はじめに端的に申し上げると、この本は読む人の「居場所」によって読後感が大きく変わるという仕掛けをしてあります。
もっというと、俯瞰できる人はこの解題を読めばこの本に大きく「3つのレイヤー」があることを感じ取ることができると思います。
この書きだし、どう思われましたか。ふーん。ほぅ。むかつく。色々あるかと思いますが、非常に挑戦的だと思いませんか?そうなんです。
私は以前、自分のfacebook記事(プライバシー設定は"公開")で以下のような文を書いていました。長いですがまずこれを全文そのまま引用します。


-----引用始まり-----
抽象理解、というものに近年非常に関心があります。皆さんは本とか情報を読んだ時に、具体的な事柄・概念を、まさにそのように取り込んで理解はすると思いますが、思考のクセなのか、その文字情報以上の内容を受け取って、正にも負にもインパクトを受けることってあると思います(押し付け)。
「そこ」にあるのが抽象概念であり抽象理解だと私は思っていて、これを、言語や議論を使って教え教わることは、そのメソッドやアプローチごとまだ一般的にされていないと思います。「学術」「エビデンス」というものと、やや遠くなるように思えるからだと思います。
さて拙著「また来たくなる外来」ですが、具体的内容・表紙のうたい文句、だけで判断して捨て去られるには勿体無い本かと自分で思うので、つまり『余力で、その辺のチャラ新書みたくサクッと』書いたわけではないので一度しっかりお伝えしようと思います。
この本は、
具体的事柄だけ読むと、医師にとっては比較的当たり前、のことが書いてあります。
しかし、抽象的概念を伝えること・抽象理解を促すことを、徹底した意図としていますので、読後感あるいは行動や思考の変容に、はっきりと反映するのはだいぶ後になると思うのです。
この意味で、立ち読みや借り物で判断して欲しくないという営業的常套句も言いたくなるのですが、そうではなく、医師の皆さんに対して、(一見優しい装丁と語り口調なのですが)極めて挑戦的な内容になっています。この春出した私の本の中では一番「オラついて」おります。
読んだ方ご自身が、抽象概念を捉えることができるタイプか、抽象概念を理解することができるタイプか、抽象概念で思考できるタイプか、抽象理解を人に伝えることができるタイプか、・・・などを、この本を読んだ後に内省してみるのもこの本の楽しみ方の一つかもしれません。
つまりは、何科の先生でも、病院勤務でもクリニック勤務でも、医師ではなくても、読める・読んでいい、そういう書になります。
すました顔して、相当先駆的な仕掛けをしてあるこの本をぜひよろしくお願いします。
(こんな自著を推す人もいないでしょうけど、診療のことではなく、芸のことなので宣伝します)
-----引用終わり-----


これ書いた時は必死で売りたかったせいか、少し文章が迸っていますね。抽象だの具体だの。
今回は、このことを図を用いて解説したいと思います。

ではまずこれを見てください。縦軸に具体-抽象、横軸に難-易と座標軸をとります。すると、おきまりの2×2の4分割表ができます。



そこで「また来たくなる外来」について1つ目。
実はこの本は、難しいことは抽象的に書いてあります。
言い換えると、難しく具体的なことは書いてありません。

2つ目。「一般のかた、あるいは医学生」のような臨床に携わっていない人が読んだ場合、細かいことはなんとなくわからなかったけれどもなんとなくわかって、勉強になったという気分になると思います。何より「読めた」と思うと思います。
これはなぜかというと、抽象的な事柄のうち易しい内容については理解できたからです(先ほどの図の右上)。

3つ目。「初学者、研修医、医師以外の医療従事者など」のような、臨床医学の世界にある程度入っている・携わっているけれど経験がまだ浅い人が読んだ場合。
この場合は、易しく具体的な内容が頭に入って来て、「役に立った」と感じると思います。

これを先ほどの2×2分割表を使って示すと、こうなります。



いかがでしょうか。「見える」人であれば、この◯の3つがわかるはずなので、冒頭で申し上げたように、この本に大きく「3つのレイヤー」があることを感じ取ることができると思います。

ここまでで話題にしていないのが、分割表内の「具体的な難しいこと」の領域(左下)でした。ここに入る事柄を意図的に書かなかったことの背景について解説します。

1つは、昨今の「易しい医学書」が望まれている風潮です。もちろん「わかりやすい」というのは「易しい」とは違う!というのことはわかっていますよ。でも、わかりやすいを求めるあまり、「易しい」になっている医学書は多いです。
これはもちろん書き手の意図も大きいのですが、難しい内容の医学書は避けられる傾向にある現状というのもあると思います。
こういう風潮について古参の医師からは「けしからん」とお叱りがあるかもしれませんが(どちらかというと医学書に関しては私もそちら寄りですが)、難しいことを魅力的に伝えなかった書き手の責任もあると思います。

逆に今売れているものは、右下の領域の内容が詰まった「網羅本」です。これなら自分でもわかる!という基礎的な内容(基礎は大事です)が具体的に網羅されているような本。これは好まれます。
もっと良いとされるのは、それが「まとめて」ある本です。これは売れますね。
つまり2×2座標の右半分の領域の事柄は、本を売ろうとするからには外せない記載だというわけです。「また来たくなる外来」も当然ここの領域のことは述べています。

もう1つ。
次はこの2×2座標による区分を、「本の内容」の区分ではなく、「読み手の思考」の区分だと考えて眺め直してみてください。



実は、ほとんどの医師(or 世間で優秀とされる人たち)は、左下の領域つまり難しいことでも具体的に考えられる人たちです。
この領域の能力を持っている人は、そのまま右方の「易しい具体的内容(右下)」も当然理解できますからここはある意味上位互換です。
また、易しい内容であれば、抽象的なことも理解できてしまいます。つまり右上の領域も理解できます。
ちなみに、座標右下つまり「易しい具体的なこと」というのは「ガイドライン(的なもの)」に相当します。座標右上つまり「易しいが抽象的なこと」というのは「教科書や大学の講義(的なもの)」に相当すると思います。



ただし、です。
これは私の考えですが、座標左下の領域の人たちは、その直上である左上の思考が苦手です。極端にいえば、ここに厚い壁(図中赤色の太い棒線)があって、ここを乗り越えられません。抽象思考・抽象理解ができない優秀な人が、医者には意外と多いのです。



つまり、左下の領域にいる人たち(多くの医者がそうであると思われます)から見ると、左上の領域は「見えない」ので、この「また来たくなる外来」という本を読んだ時に、2×2分割表のうち右半分しか見えないということになります。

すると、そんな人が読んで書評なるものをした場合にどうなるでしょうか。わかりますね?
「もう知ってることばかり書いてあって、なんだか当たり前のことがつらつら書いてある」
となることでしょう。

医学書が医者のためであり、ほとんどの医者が座標左下の領域の思考の持ち主である以上、医者が好む医学書は「基礎から難のレベルまで幅広いことが具体的に書いてある書」ということになります。つまり、2×2分割表の下半分です。

そうすると、また来たくなる外来という本については、そうではない(2×2分割表の下半分から成るわけではない)ですので、なんだか納得のいかないor当たり前のことばかりでつまらない本、という評価に繋がっていくわけです。怖いですね。

今回の解題部分の最初のほうで私はこう述べました。

 この本は、難しいことを抽象的に書いてあります。
 言い換えると、難しく具体的なことは書いてありません。

はい。堂々と、従前の多くの医師がしている思考に親和性の高い領域(左下)を意図的に外しているのです。
この意味で、私は非常に挑戦的なことをしているし、読者に対しても非常に挑戦的であると申し上げているわけです。

抽象理解を教えられるか。
要はそれに取り組んだわけですが、この本の読者は辛いですよ。
俯瞰するか、抽象思考を得るか、を試されているんです。私に。
感じたまま「冴えない本だ」と評しても良いです。ただ、ちょっと恥をかくかもしれません。あ、こんな老婆心要らないか。

この本を読んだ時、3つの折り重なる層が見えるか、あるいは簡単で当たり前のことしか書いてないように思えるか。

ぜひ、この解題ではなく、この本(また来たくなる外来)の感想を聞いてみたいところです。