第6回「國松淳和賞」

 


第6回「國松淳和賞」は、本賞史上初、2作品共同受賞となりました。

『武器としての神経症候・高次脳機能障害の診かた 高次は地味だが役に立つ』(中外医学社)と『発達とトラウマから診る精神科臨床』(医学書院)の2作品です。受賞おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。以下に所感を述べさせていただきます。


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2025年もたくさんの良医書が世に出された。今年の私個人の独断的なテーマは「価格」であった。医師はびっくりするくらいケチで、医書代にお金をかけない。内容も見ずに「高い」など言いい、自分の技術向上の機会を高々5,000円〜10,000円程度の投資を惜しんで失っている。じつに勿体無い。


『武器としての神経症候・高次脳機能障害の診かた 高次は地味だが役に立つ』は、さっそく価格の話だが税込みで9,240円である。非常に安い。この本は、書名に釣られる。「"高次機能"がテーマの高度な専門書」なのではない。最・大上段に言えば、「症例から臨床を学ぶ本」のひとつの完成型であるといえる本である。


まず症例の数が多い。そして、症例の描写が詳細であるのに、一例あたりの分量が適切で、しかもレイアウトが良くクリアカットに理解しやすい。精読派の人も、読み飛ばし派の人にもよく合う。


何よりも、「高次脳機能障害」という、一般臨床医がかなり必要であるのにもかかわらず最も後回しにしたくなるテーマを扱っている点が素晴らしい。専門的すぎて近づき難い本が多い中で、これは一般臨床医がじつに取り組みやすい。何より内容が面白い。書名のうち、出だしの「神経症候」についても忘れてはならない。この本は、高次脳機能障害も含めた、脳神経学をジェネラルに網羅した教科書である。


冒頭、価格が私の今年のテーマだと述べたのであるが、この”激安本”が埋もれてしまうのは惜しい。ぜひ購入して読んでもらいたい。



『発達とトラウマから診る精神科臨床』は、内容があまりに素晴らしいが、書名で損をした。いや、悪いわけではないが、いかにも「支援系」の書籍だと早合点してしまう。ただこれは、内容を読む前の話である。読んでしまえば、この書名は適切とわかる。臨床医学の基本テキストとしてもいいくらいの素晴らしい本である。


この本を読み終えた時の私の感想は、とにかくこうであった: この本が、全臨床医はもちろん「発達症/発達障害」というwordにピンときたり、少しでも関心を抱く者すべてに届いて、読まれて欲しい。


ある患者をみたてるときに、病態を見抜くのとは別にむしろ最も重要だと思うのは、その人がどんな人であるかを診とることであると思っている。その際に重要なのは「特性」と「反応性(反応によって生じた状態像)」を読み解くことであるが、これらは常に複合的である。すなわち、ひとりの患者の中に複数の特性や病質などがそれぞれ異なった質と量で存在している。これが当たり前である。「発達症かどうか」「双極症なのか、否か」のようなみたてをする臨床医は、多く存在するが、治療が不得手に違いない。


この本を読めば、これまで曖昧にしか理解していなかった”ハッタツ”界隈の読み解き方について、急に視界が明るくなる。「ああ、このように理解しておけばいいのか」と合点すること間違いない。しかしこれには条件がある。疾病をよくしようとか、患者を治そうと思ったときに、「どの薬を使えばいいか」という頭しかない場合は理解しにくいかもしれない。著者は、繰り返し「どうかかわると良いか」について丁寧に述べてくれているが、これをモヤっとするとか、焦ったいと思うようではこの本の良さを見失う。ゆっくり噛み締めるように、時間がかかってもいいので読了する価値がある。



さて惜しくも賞を逃した、


・糖尿病のある人(person with diabetes)の診かた(中外医学社)

・フレーミングでとらえる臨床推論(日本医事新報社)

・診断+治療を完全攻略 皮膚疾患データブック(メジカルビュー社)

・[新訂版] 面接技術の習得法: 患者にとって良質な面接とは?(金剛出版)

・集中講義! おなかの身体診察 フィジカル&腹診で腹部症状に立ち向かえ(医学書院)

・胸壁症候群を「自信をもって」診療できる身体診察とエビデンス(シーニュ)

・名郷先生、臨床に役立つ論文の読み方を教えてください!(日本医事新報社)

・Unusual Inflammations ―日常診療に潜む“非典型”炎症を読み解く(中外医学社)


以上8作品も素晴らしいものだった。


「糖尿病のある人(person with diabetes)の診かた」は、今年の”書名賞”である。この視点は非常に斬新である。全人的という言葉が私が大学に入るころ流行ったが、この言葉を使わずに「人を診よう」というメーセージを端的に示すことに成功している。もし単著で書き切ったのなら、大賞を狙えた作品であった。


「フレーミングでとらえる臨床推論」は、もう諸家らが読み飽きたはずの臨床推論の書籍や文章にあって、じつに独自かつ質実剛健な内容であった。私は著者を知らないが、おそらくとんでもなく明晰な頭脳の持ち主であろう。分量の多い書籍ではないが、著者の脳はこの本の5万倍くらいのシステムが入っているのではないか。


「診断+治療を完全攻略 皮膚疾患データブック」は、税込み7,150円であり、今回國松賞に選ばれた『武器としての神経症候・高次脳機能障害の診かた 高次は地味だが役に立つ』と同様、非常に安い本である。こんな臨床に有用な本があるか! とシンプルに述べて終わりでいいくらい、良い本である。高いという理由だけでこういう本を買わない医師たちは、一体どうやって日々の臨床をブラッシュアップしているのだろうか。


「[新訂版] 面接技術の習得法: 患者にとって良質な面接とは?」は、「優しい感じで、読みやすい教科書」に仕上がっているのにもかかわらず、内容が深く、濃く、そして日常診療に有益である。正直これは、医書を書く者にとって目指すべきひとつの到達点な気がする。卓越した臨床家だが、まだ本を書いたことのない医師がいれば、この本のような雰囲気を目指して執筆して欲しい。


「集中講義! おなかの身体診察 フィジカル&腹診で腹部症状に立ち向かえ」は、出版社&著者から献本されてしまったので、ノミネートにとどまる。このルールは、國松賞を昔からフォローしてきた者なら知っているだろう。出版社/編集者によっては、國松賞を狙う場合は國松に献本しない者すらいる。この本は素晴らしいが、身体診察/フィジカルというより腹部診療の本である。そこがひたすら勿体無い。中野先生という穏やかで優しく、とんでもない怪物なのにまったく我が強くない素晴らしい臨床医が単著で書き上げたのだから、こんな微妙なタイトルにするべきではなかった。


「胸壁症候群を「自信をもって」診療できる身体診察とエビデンス」は、このテーマで書籍となることが本当に素晴らしい。とにかく世に出す、という営為は個人的に本当にリスペクトする。ただし価格は税込み2,200円と非常に割高である。が、一般内科外来など外来中心に実践する諸家にとっては必読の一冊である。


「名郷先生、臨床に役立つ論文の読み方を教えてください!」は、これも出版社&著者から献本されてしまったので、ノミネートにとどまる。この”COI”がなければ、受賞していたかもしれない。一見、文献の読み解き方、EBMの実践を開陳する本、という理解で済ませたくなる書籍である。しかしこの本は斬新で、本当に書名通りである。すなわち、「臨床に役立つ論文の読み方」を手解きしてくれる。この本を読んで私は恥ずかしくなった。「論文の読み方」というのは本来このように教わるべきで、それは研修医になったときに点滴のオーダーを習うとか、感染症の本を一冊読むとか、当直のマニュアルを買って読んでおく、といったことと同列であると、今回ようやく知った。恥ずかしい。


「Unusual Inflammations ―日常診療に潜む“非典型”炎症を読み解く」、とんでもない快著がこの世に出てしまった。ページ数/分量は多くはないが、これは教科書である。「炎症」がテーマだが、単にそこが眼目になっていない。まずは掲載疾患を深く理解するための本と考えたい。一番斬新なのは、非血液内科医によってフローサイトメトリーの読みが記載されている点であろう。非血液内科医の臨床的な関心事(というか困り事)は、良・悪性が曖昧な炎症病態である。悪性のみを関心事とする血液内科医に頼ると、患者が救われないことがある。この本は、ちゃんと自分で診なきゃいけないな、という気にさせてくれる。



あらためて、今回の國松賞共同受賞2作品『武器としての神経症候・高次脳機能障害の診かた 高次は地味だが役に立つ』と『発達とトラウマから診る精神科臨床』に祝福の意を示したい。そして、第7回「國松淳和賞」の候補となろう、来年に発売される医学書に期待を込めて、今回の所感としたい。今年もお疲れさまでした。


國松 淳和